演奏会

熱田神宮奉納演奏「恋の熱田(みや)めぐり」

【恋の熱田(みや)めぐり】
作詞 安田文吉
作曲 杵屋三太郎
作調 望月左之助
箏手付 野村祐子
作舞 五條園美 花柳朱実

(二上り)

〽目には青葉の宮古路を のぼれば有松鳴海潟 呼(よび)続(つぎ)越えて築出(つきだし)よ
鈴の音きよき鈴(れい)の宮 汚れ祓って 熱田の宮にぞ着きにけり
〽南の正門、海蔵門 東の御門は春(しゆん)敲(こう)門(もん) 西に臨めば鎮(ちん)皇(こう)門(もん)
神域守る三つの門 鳥居くぐれば 夏さえ涼しき宮の森
清き泉の湧き出でて 曲(まが)玉(たま)池(いけ)に 南(みなみ)新(しん)池(いけ) 御(み)葭(よし)池(いけ)
紛う方無き神仙境 蓬(ほう)莱(らい)の島と呼ばれしも 宜(むべ)なるかな
白き玉砂利 踏みしめて 熱田の御(み)神(かみ)に 二人の行く末 祈りつる

(三下り、箏入)
〽熱田の宮に神祀る 草薙の御(み)剱(つるぎ)
日(や)本(まと)武(たけるの)尊(みこと)のその昔(むかし)、宮簀媛(みやずひめ)との寿(ことぶき)に 尊(つま)が姫(つま)に授け(さずけ)し証(あかし)なり
大和・尾張の蜜(みつの)月(つき) 日(ひの)本(もと)六十四州の守り神

(二上り、胡弓入)
〽神殿の奥へ回れば 楊貴妃塚の御(お)清(し)水(みず)社(しや)
唐国(もろこし)の 大和を覗うその時に 熱田の神は楊貴妃と 姿を変じ
長恨歌に歌われし 玄宗帝との愛騙(かた)り 唐(とう)の勢い削ぎ落とし
めでたく熱田に帰りける

(本調子、大薩摩入)
〽神域の西には 源(げん)家(け)の将軍頼朝が 産(うぶ)湯(ゆ)を使いし誓願寺
牛若丸は 熱田の宮で初(うい)冠(こうぶり) 為朝(ためとも)もまた 宮司(ぐうじ)と縁(えにし)を結びたり
平家の勇者景清は 日(ひゆう)向(が)勾(こう)当(とう)となりしゆえ 眼病治す景清社とは祀られり
信長はお濃の鼓にて 幸若舞うて 明神に勝利託愚痴して 桶狭間に馳せ行きし
いずれ劣らぬ 強(つわ)者(もの)が夢

(二上り、箏・胡弓入)
〽水無月の五日は 熱田の宮の夏祭
勅使迎えて 神祀り 翁舞やら巫女の舞
武術讃える尚(しよう)武(ぶ)会(え)に 剣術・弓術腕競べ 力競べの相撲とる
疫病退散御(み)葭(よし)にこめて 大(おお)山(や)車(ま)曳き出す天王祭
神(み)輿(こし)は獅子舞引き連れて 祭囃子に浮かれつつ
御(み)垣(かき)の中(うち)の篝火や巻藁提灯 後にして
篠(ささ)提灯(ちょうちん)の障子(しょうじ)窓(まど) 恋(こい)の炎(ほむら)は 小袖に包み
宮を巡りし二人連れ 祭の巷に消えにけり

解説 安田文吉

本曲は、恋する若い二人が、都(京都)を目指して東海道を上(のぼ)り、宮(みや)宿(じゅく)に辿り着き、熱田の宮に参拝、折角宮宿に来たのだからと、宮周辺の歴史的名所・旧跡をめぐります。折から熱田は祭の真っ最中。草薙の剱を祀る熱田さん本社の祭と摂社南新宮社の天王祭。日本六十四州の安泰と病魔退散を祈ります。二人は祭の喧噪に圧倒されながら、町内の篠提灯を楽しみつつ祭の宵闇に消えていくと言った物語。

曲調は、まず歌い出しは「二上り」で、畏まった調子を出し、次の三下りで、熱田に纏わる伝承を明るく歌い、次は大薩摩入本調子で、語り物口調で、楊貴妃・頼朝・為朝・景清ら源平の武将の有様について語り、終章の二上りは、箏・胡弓入で、それまでの重々しい雰囲気から、カラッと解放されて、祭を楽しむ二人の軽妙洒脱の中に、微かな艷を残して、闇の中に消えていく。後に残るは祭の賑やかさ。箏と胡弓が加わることで、曲調は一段と磨かれ、美しい奥域のある曲になった。

築 出……鳴海宿から宮の宿へ上ってきた時の宮の宿の入り口に当たる。
鈴の宮……鈴(すずの)御前社(ごぜんしゃ)。祭神天鈿女(あめのうずめの)命(みこと)。六月晦日の夏越(なごし)の祓えは今も行われている。参詣の人々は、白木綿(今は白紙の幣)の付いた葭で自身の悪所(悪いところ)を拭ってそれを葭に移し、神前に納め、境内に飾られた茅の輪を潜って、厄除けをする。
海蔵門……四彊(きょう)の神門の一つ。南の正面門。この門が熱田神宮の正門。熱田祭の時来訪される勅使もこの門から入られる。元「海上門」と言われたのを、桓武天皇の勅によって改められた。
春敲門……東門。春の方角は東。「長恨歌」に、「唐の方士が玄宗皇帝の依頼で、東方海上の神仙境蓬莱宮に来て、楊貴妃の霊魂に会った」とある「蓬莱宮」がこの熱田宮で、 この門を敲いて入ったという。
鎮皇門……西門。この門のみ階上に御殿有り。これは「厚覧草」に「此門の帆が師の方より王城(皇居)を遙拝し、宝祚(天皇)の長久を祈り奉る」とある。
曲玉池……神宮西門参道の北側にある橋の架かった池。
南新池……西門参道の南側にある丸い池。現在、池之端に刀剣美術館が有る。
御葭池……摂社南新宮の南側にあった池。ここの葭を厄落としの葭とした。
蓬莱の島…中国の思想で、東方海上に神仙境があり、この島は亀の甲に乗っているとされた。それがここ熱田の地で、楊貴妃が没後、居たとされる。
草薙の劔…ヤマトタケルが景行天皇の命で東方征伐に出かける際、伊勢の斎宮大和媛から、 草薙の剱を渡された。
宮簀媛……尾張の国造の媛ヤマトタケル東征の折、大和朝廷は、尾張の強力な力を考え、 征伐ではなく宮簀媛との結婚という方法を取った。その時の引出物に当たるのが草薙の剱であった。
日本六十四州の守り神……この剣は日本国中を守護する剣であった。
楊貴妃……天下三美人と称されるが、実態は不明。誰も会ったことがないので。玄宗皇帝とのロマンスは夙に有名。唐の玄宗皇帝が力を増してきたので、危惧を抱いた熱田の大神が、唐の力を弱めようと、唐に渡り、楊貴妃と変じ、玄宗皇帝を誑(たぶら)かし、唐の国が乱れて、力が弱まったので、熱田の大神は熱田に帰って来た次第。
御清水社…熱田神宮参道からさらに左手奥に進んだところにある。ここの中央に楊貴妃の塚がある。熱田は水がきれいなところが有名で、各家庭にも井戸が掘ってあった。
玄宗帝……言わずと知れた楊貴妃のお相手。
頼 朝……母は熱田神宮大宮司藤原季範の娘。父は源義朝。
誓願寺……頼朝誕生地とされる。同寺境内に、頼朝公産湯の池がある。
熱田の宮で初冠……牛若は当時「遮那王」と名乗っていたが、熱田神宮の政所で元服。烏帽子親は季範の次の大宮司藤原範忠。
為 朝……「椿説弓張月」後編巻之四(第廿四回)には、藤原範季一行が海賊に襲われたところを、為朝が救った話が書かれている。
景 清……「尾張名所図会」巻四には「平家の勇士悪七兵衛景清、大宮司(藤原季範カ)の聟なりし故、主家没落の後、身をやつし熱田に潜居せし故、所々に其舊跡ありと、木下實聞がかきし〔厚覧草附録〕に見えて、八剣宮の東北の方にも、景清屋敷と呼びならはせし舊地あり。」とある。
景清社……景清を祀った神社(蓬莱陣屋の裏=北にある)
幸 若……中世に流行した芸能。舞曲ともいう。信長が幸若「敦盛」を謡い舞って、桶狭間の戦に出立したことは周知の通り。
桶狭間……信長と今川義元が戦った所。
水無月……月の異名で六月のこと。
尚武会……熱田神宮例大祭。本社の祭。境内で武芸の奉納試合が行われる。
天王祭……摂社南新宮社午頭天王の祭。中古以来諸々の疫病退散を祈願して、陰暦六月に行われた。祇園会。祇園祭。京都八坂神社の祇園祭、津島の天王祭、熱田祭が知られる。
巻藁提灯…熱田では、江戸時代、天王祭にからくり人形山車の「大山」が曳かれ、「献灯巻藁」が作られたが、明治になって、道々に電灯線が張られ、高さ二十メートルの大山 は通行不能になったので、津島の巻藁船を取り込んで、五艘の巻藁船が毎年出された。その時、打ち上げ花火が、熱田神宮公園西端、熱田球場の南側で打ち上げられ、仕掛け花火が、大瀬子南から新堀川との合流地点までの堀川右岸で仕掛けられた。巻藁船は、五艘揃って熱田神宮に向かって七里の渡し湊から遙拝し、約二時間~三時間かけて、堀川口から大瀬子橋までを往復し、七里の渡し湊(波止場)に戻って終わるようになった。現在は、門前の献灯巻藁だけが行われている。
篠提灯……熱田祭の時は、各町内各戸毎に、笹提灯を掲げ、祭の夜を盛り上げる。

 

一門会「杵三会」が30回を迎えたのを記念し、熱田神宮にて「恋の熱田(みや)めぐり」を奉納演奏いたしました。凛とした澄んだ空気の中で奉納させていただけたことを、大変光栄に存じます。

熱田神宮の歴史と縁深い「恋」というテーマを表現した「恋の熱田(みや)めぐり」は、近世の芸能を研究する南山大学名誉教授の安田文吉氏が作詞を手掛けてくださいました。鼓、笛、太鼓、箏、胡弓が入り一段と雅で気品のある旋律となり、日本舞踊界を代表する五條園美師と花柳朱実師の作舞による優雅な舞をご披露いただきました。
細棹三味線の美しい音色が響き渡るなか、多くの方に足を運んでいただき、じっくりと耳を傾けてくださる姿に、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

このような素晴らしい機会をいただき、伝統芸能を通じて熱田神宮の歴史や文化と触れ合うことができましたことを、大変うれしく存じます。また、今回の演奏をきっかけに、さらに多くの方に三味線の魅力を知っていただけましたら幸いです。

ご来場いただいた皆様、そして関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。今後も伝統芸能を通じて、多くの方々に感動を届けられるよう、精進してまいります。

【長唄「恋の熱田めぐり」奉納演奏 /「杵三会」杵屋三太郎 / 熱田神宮祈祷殿】
【恋の熱田(みや)めぐり 六代目 杵屋三太郎インタビュー】

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